高地をドライヴ中に靄のかかった景色を見、描画距離の短縮に伴うTPS低下を嘆いてゲームを見い出す行為は文化として定着したが、愛用のビーズ編み・ツールキットを箱へ入れて分別する行為にゲームを見い出す文化は未だ認められていないようである。ゲーム感覚の線引きとはまことに困難なものであることだった。
という語尾は柴田錬三郎に倣ったつもりであるが、どうも自信を持てない。裏付けを取ろうにも我が文庫は実家である。